三十首詠 『上演されない脚本』
2010年6月12日 23:41:32
小走りに駆け寄る吾子に明日を見 オジギソウは静かに語る
ここに来いメフィストの夜窓を開け 感触の無い空気を抱きしめ
俺たちの空はここだと叫びしも 体の痛みに負ける夜あり
わが撃ちし言葉は死して横たわる 遺されし我の生け贄として
手に入れた言葉お前に言っておく もっと高くもっと高く、飛ぶ
ミツマタに目を丸くする吾子の髪 赤き緊縛生の香をかぐ
叫ぶべき舞台のない登場人物 原稿用紙にただ眠るのみ
ロキソニン何錠噛みても効かざりし 遠い環八サイレンを聞く
散乱す色とりどりの錠剤に 我を忘れる自殺志願者
赤衣理想の少女を見つけども そこは紙の上インクの少女
生きるため時代を撃てと書き紡ぐ インクの少女に爆弾抱かせ
夜を信じ夜を飛翔し夜を知る 机の上に荒野を広げ
生ゴミにまぎれ捨てられし松葉杖 闇を歩きしびっこの音を読む
書き終えた3万もの字を憎悪して 八文字を残し全てカットす
稽古場の片隅に堕つ暗転は 誰の言葉か忘れられつつ
いつまでも上演されない脚本は 寂しさゆえか夜すすり泣く
ベランダで一羽のスズメが死を語る 冷たき体我の手の中
一言をまた一言を絞りしも 原稿用紙ただただ寂し
ここに来い ここに来い ここに来い 言葉 お前は俺だけの言葉だ
擦り切れし硝煙臭き「罪と罰」 ラスコルニコフに銃弾を放つ
なまぐさき言葉を縛る赤き糸 俺の言葉だ俺だけの赤
俺を撃つ言葉はどこだと叫びつつ 夜を彷徨う自殺志願者
起きるたび体のご機嫌伺ひし 卑屈な心に負ける吾あり
書きつけし全ての言葉は我が遺書か きみに遺すは言葉ではなく
完璧な少女が踊る紙の上 上演の当てなく書き進め
永遠に上演されない脚本の 登場人物どこに行くのか
誰も居ない客席に向け銃を撃つ こんなもんだと演劇寂し
また一人何もかも捨て夜開く 一人っきりの演劇講座
本能か薬飲まんと飛び起きし ギュンター・グラスに埋没する夜
我が敵が演劇だと悟りし夕 錆びた匕首ひたすらに研ぐ