2016年8月27日 19:11:51

伝染する五月によって封鎖された劇場

一つの死が転がっていた。
ぼくは、一羽のスズメの死体を手にのせた。
そのスズメは、左目を閉じ、右目は開けたままで息絶えていた。
天敵に襲われた形跡はない。
病気を思わせる外観もない。
羽の艶は保たれたままだ。
ぼくは、死因を探る。
開いた右目にうっ血点が散見される。

窒息だ。
なるほど、自殺だ。
このスズメは自らの意志で息を止めたのだ。
死に至るまでこの小さなスズメはここで息を止めていたのだ。
ぼくは、冷たい言葉を手のひらで転がす。
死んだスズメをいつまでも手にかかえ、ぼくは言葉を探した。

言葉を探しながら、冷たいスズメをダウンジャケットのポケットに入れ、
国道２５４号線を西に向かってバイクを走らせた。

さよならだ　待ってられない　先に行く　時間がないんだ　一人でも行く

伝染する五月によって封鎖された劇場
俺はその入口に立ちすくむ
いつまでも開演しない寂しさ
永遠に上演されることのない寂しさ
俺は真暗な劇場にしのび込み
一人
彼らの寂しさを演じてやろう
誰もいない観客席に向かって
彼らの寂しさを演じてやろう
闇の寂しさを演じてやろう
戯れの寂しさを演じてやろう
星星の寂しさを演じてやろう
五月の寂しさを演じてやろう

目開きても見えざる舞台手探りで　独歩す我は盲目のスズメ

言葉はいつも君を試している。言葉はいつも君を疑っている。

ベランダで一羽のスズメが死を語る　冷たき体我の手の中

ぼくは一人でここにいる。

天井に広がる世界ながめおり　ぽたりぽたりと命泣く音

星々が一列に語る正義の夜明け
　　　水平線と水準器がぴたりと重なり合う神の裁き
　　　―――背中に左右の翼がはえそろい
　　　―――雪とともに
　　　地上に落下する

 

「暗室の窃視者」より