右手のピストル、左手の二人称
2016年8月29日 23:08:57
13歳のピストル
子供部屋のドアには出かける前に必ずテープを貼り付け、侵入者の有無を毎日チェックしていた。
ぼくは、学校から帰宅すると、そのテープが剥がれていないことを確認し、
マイケルシェンカーを大音量で流し、制服を脱ぎ捨てベッドの下に潜り込んだ。
暗室は、それぞれに鍵のついた三重のケースにしまっていた。
ベッドの下で、三つの鍵を開け、暗室を手の上にのせ、
小さな覗き穴に右目を押しつけ真っ暗な時間を見続けた。
カナシミイカルをこの目で追い続けた。
子供部屋の内線電話が鳴っている。
コーヒーにするか、紅茶にするか、おしゃべりなお手伝いの電話だ。
うるさくなり続ける電話。
いつまでも出なければ、いずれここにやってくるはずだ。
マイケルシェンカーは得意の六連符が連続するフレーズを弾き続け、
ギブソンのフライングVとマーシャルの歪んだ音に負けじと鳴る電話。
ぼくはベッドの下から這い出て、「いらない」と一言、
お手伝いに叩きつけ、話器を置く。
カナシミイカルを見ているところだ。
邪魔されてたまるか。
ここは俺の王国だ。
お手伝い風情が土足で踏み込んでいい場所ではない。
そもそもここは、場所ではないのだ。
ここは場所ではないのだ。
十三歳の観念は場所と時間を同じ座標上に置くことにおいて、
どんな数学者もかなわない自由度を持っていた。
右手のピストル、左手の二人称、そして、水準器を探す男。
ぼくは、ぼくの海にかかる橋を疾走する
解答者はみんな行ってしまうが
ぼくは永遠に質問し続ける
不安の水平線でぼくは光だ
全ての影を作り出す一人ぼっちの光だ
ぼくはそこで光の頂点だ
言葉の頂点だ
伝染する五月
ぼくは、ぼくの海にかかる橋を疾走する
「暗室の窃視者」より