『本の歴史【「知の再発見」双書80】・『情の国家論』『大東亜戦争肯定論』

2010年2月1日 20:22:44



小さな黒い表紙の手帳が埋められていく。
やり残してきたことを引き継ぎつつ、それらの締め切りをきっていく。
無為に一日本を読み、どうしてこんなにやることが多いのか、嫌になる。
全く嫌になる。引き受けなければいいんだ。何もかも。何もかもをやらなければ、
やることは多くは無いはずだ。
2週間3週間先までのあれやこれや。全く嫌になる。
とはいえ、自分でやりたくもあり、自分でやったほうが効率がよく、自分でやったほうが楽だ。
それにしても、この黒い表紙の小さな手帳を見ていると、嫌になる。
不安になる、嫌気がさす、それをこなしている自分に恐怖を感じる。

原稿用紙を広げる。
一つずつ片付けていくべきだ。

原稿用紙を広げる。
必要なことは全て書いてきた。不必要なことは何一つ書いてはいない。
あと数十枚もそうだろう。
必要なことだけを書き、不必要なことが書かれることはない。

万年筆にインクを充たす。
インクをいっぱいにすると、まあいいか、と思う。
何でも来やがれ。全部自分でやってやる。疲れ果てて眠り目覚めないのもまた一興。
痛みにのたうちまわり世界の果てを旅するのもまた一興。

ラストシーン、エピローグか。
この原稿用紙の上に何が巻き起こるか、自分でもわからない。
黒い小さな手帳に居並ぶこれから先の何もかも。そこに何が巻き起こるのか、

自分ではわからない。
わからないけれども、それを体験するのは、自分だろう。
原稿用紙の上に体験するのが自分のように。

原稿用紙を広げる。
万年筆にインクを充たす。

『本の歴史【「知の再発見」双書80】ブリュノ ブラセル
『情の国家論』山本峯章
『大東亜戦争肯定論』林房雄