『天皇ごっこ〜調律の帝国〜』の写真がアップされ、早見慶子さんから感想をいただき、真夜中。
2009年9月8日 22:50:16
劇団再生ホームページに写真がアップされた。
写真家平早勉さん、ツカムラケイタさんが撮影された1800枚もの写真からころすけ君が選びに選び、公開。
『天皇ごっこ〜調律の帝国〜』写真館
真夜中にたくさんの言葉を交わした。
真摯にひたすらに言葉を交わした。
また今日も真夜中が近付いてくる。
ぼくたちは、どうして言葉を交わすのだろう。
ぼくたちは、どうして言葉を選んだのだろう。
なぜ、言葉が選ばれたのだろう。
もう20年も問い続けているこの問いに対して、年を重ねていく中でそれなりの解を用意したり、
その解に対して、新たな問いが生まれたり、またどうにかこうにか証明をしてみたり、
いつまでたっても、(なるほど)と、ポンと言えずに、
真夜中に、問いを問う。
言葉を交わしながら、言葉って何なんだ、と思う。
ふざけんなよ、言葉。てめぇのせいで俺はこんなところにきちまったんだ。
と、真夜中のたかだか平和台に毒づいてみたり、
なぁなぁ言葉さんよ、もういい加減にしてくれ。まだそっちに来いというのか、
と弱音を吐いてみたり、
よし! 言葉め、土俵を決めようじゃないか。
形而下か、形而上か、どっちかにはっきりさせて勝負をつけよう、と啖呵をきってみたり、
いや、もうほんと、まじでいい加減にしてくれよ。
俺の体はこんなになっちまった。どこか一本で勝負しようぜ。
じゃないと、俺の体がもたないんだ。
真夜中に言葉を交わし、
真夜中にバイクを走らせたり、
真夜中にひたすらサーバを設定し続けたり、
真夜中に一人になったり、真夜中にぼく自身の言葉を呟いてみたり、
明け方に、ぼくを留守にしてみたり、
昼過ぎにただいまと、暢気な顔でぼくに帰ってきたり、
帰宅すると、近大日本思想大系『河上肇』『昭和思想集 』の2冊が届いていた。
待ちに待ったCDが届いていた。
先日終えた公演『天皇ごっこ〜調律の帝国〜』の感想がいくつか届いていた。
見沢さんの4回目の命日は晴天。来年は5回目の命日。天気はどうだろう。
毎月のお墓参りの天気はどうだろう。
いつまで降らないつもりだろう。
来月は、野村秋介さんの命日。
その次の月は、山口二矢、三島由紀夫、森田必勝。
多分、のんびりとお墓を訪れ、のんびりと言葉を交わすのだろう。
日向川の音を聴きながら、霊園の木々の風音を聴きながら。
死者との対話もやっぱり言葉だ。
言葉を交わす、と言う。
ぼくはゆっくりと死者と出会い、慌てふためき生者と出会う。
早見慶子さんから、感想を頂いた。
早見さんはいつも会場に足を運んでいただき、
やはりいつも言葉を交わし、
生前の見沢さんの息吹を感じさせていただく。
ゆっくりと死者と出会い、慌てふため生者と出会う。
真夜中に真摯に交わされる言葉は、やはり本当の言葉だ。
夜という夜に交わされる言葉は、存在の寂しさだ。
存在するか、不在するかを突きつけられ、
非在するか、虚在するかを突きつけられ、
そこに在るのは、その存在の、存在するが故の寂しさだ。
ぼくたちは寂しさの渕に立ち、声を限りに叫ぶ。
そこに行くのにあとどれだけ走ればいいんだ。
一つの公演を終えて、ふとその公演を思い出すこともある。
そんな日もある。
見沢さんが遺したたくさんの本を整理する作業にかかった。
劇団員宮永歩実がその実務作業に取り掛かった。
ぼくたちは、声を限りに叫ぶ。
真夜中を返せ、と。