機嫌が悪いことの感じるところを考えていたら機嫌が良くなった。良くなったけれども体調が良くなるわけではないということを考えていたら、機嫌が悪くなった。

2011年7月2日 01:43:58

ぼくは、強盗者だった。
ぼくは、簒奪者だった。
ぼくは、殺人者だった。
ぼくは、嫉妬者だった。
ぼくは、危害者だった。
ぼくは、兇器者だった。
ぼくは、火災者だった。
ぼくは、標的者だった。
ぼくは、空中者だった。
ぼくは、そうだった。

以前上演した『天皇ごっこ〜調律の帝国〜』
あの舞台が、見沢知廉『調律の帝国』解釈の、100年スタンダードになった。
確かにそうなった。

理解者が欲しい、と、見沢さんの声が聞こえる。
ずっと聞こえていた。何年も聞こえていた。

今、『天皇ごっこ〜蒼白の馬上1978326〜』を出力している。
この舞台が、見沢知廉の前半生を解釈するうえでのスタンダードになる。
その解釈が理解されるとは思えないし、それを望んでもいない。
もう、そんな場所にはいないんだ。何もかもを断ち切っているんだ。

切断されたケーブルがつながることは、決してない。

三回忌から追い続けている見沢知廉。
必死で考え抜いてきた見沢知廉。感じたことを正しいと信じ続けてきたぼくの演劇。
見沢知廉に対するぼくの手法が正しく理解されたとは、とても思えない。
そりゃそうだ。理解を拒まねばその方法が取れなかったのだから。

さあ、次の時代がやってきた。

準備は万端だ。見沢さんと同じようにぼくにもぼくの空がある。
素人どもにわかってたまるか。
自ら決めたことを継続することもできない素人が。
自らを律することと生活を秤にかけるような素人が。
自らの快楽や苦痛にわざわざ理由をつけ言い訳する素人が。

彼らが、次の時代を見ることは、決してない。