作品を創っている

2014年8月3日 23:38:26

あの日見えた画を、ひたすら創っている

もう何日も何日も、ただひたすら創っている

その創っているとことをわかる人はわかるのだろうし

分からない人にはどんなに言葉を尽くしてもわからないのだろう

そのあまりの断絶を思いながらひたすら作品に向き合っている

舞台美術、という言い方をするのだが、そうではない

ぼくが演劇という言葉を捨てたように

舞台という言葉を、芝居という言葉をぼく自身の作品から捨てたように

今、ぼくが創っているのは、舞台美術ではない

では何か

作品だ

それ以外の何があるというのか

舞台美術が俳優や演出家の背後にあるのものではなく

同時に彼らを圧迫し圧倒する力でそれがそびえ立っているのでもない

同等の力と価値と意味をもって、そこにあるだけの、それだけのものだ

それが、作品、という意味だ

今、ぼくが創っている作品が包み込む作品という空間のまっただなかに

同等の力と価値と意味をもって、

どれだけの俳優が立つことができるだろうか

ぼくが見ている画は、たった一枚だ

俳優が発する言葉は、この空間の中では、空虚でなければならない

多分、俳優はこれまで一度も経験したことのないことの上に立たねばならない

それは、ぼくが創っている作品と同等の力と価値と意味を保持しながら

肉体から発せられる言葉に力も価値も意味も喪失させねばならないのだ

そんなことが想像しうるだろうか

明日はない、明日なんかない、と言い続けたことの証明なのだが

力も価値も意味もない言葉という言葉を
力と価値と意味をもって発せられるのだろうか

できるだのできないだの、というレベルの話ではない

そんな話はもう100年も前に終わらせたはずだ

ああ、俺は、こんな場所にいるのか