『邪宗門』高橋 和巳

2007年12月6日 22:25:27

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読書というもは、一体何なのか。
それは、すとんと胃の腑に落ちてはいないけれども、
読まずにはいられない。
とりつかれたように、読まずにはいられない。

書店を見てみても、
読みたい、思える本が日に日になくなっていく。
小説は、完全に漫画という表現に敗北している。
復興の兆しすらない。

新潮文庫は、ほぼ全て読んでいる。
角川も、大体読んでいる。
故におのずと目は新刊にいくが、

ない。

本を見ただけで、わかる。

『邪宗門』
高橋和巳

一水会木村三浩代表に、
「今のプロジェクト(高木読書の)を中断してでも
読んだ方がいい」と、言われた本書。

確か、高校時代に一度読んだことがある。
当時、ドストエフスキーに狂っており、
長編に挑み続けていた。
「カラマーゾフの兄弟」「悪霊」「罪と罰」・・・

その長編に挑んでいる時期に一度読んでいるのだ。

その時に読んだ感想はどうだったのだろう。
ドストエフスキーの作品のように、
明確な感想は持ち得なかった気がする。
大まかな内容しか覚えていなかったのだから。


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1200ページに及ぶ本書を読み直し、
20年以上の歳月に思いがいく。

あの、高校時代、この小説の何を読んでいたのか。

読み始めるととめることが出来ない速度。
物語のリアリティと魂の言葉。
細かな伏線などものともしない圧倒的な存在感を誇る登場人物。

政治と思想。
宗教と哲学。
男と女。
時代と必然。
妥協と理想。
上と下。
管理と支配。

全ての対立軸と妥協軸が、
ものの見事に調和し、描かれ、

そうだ、テロリストになるんだった・・・

描かれていく全てのニ物は、
一旦書かれたら最後、伏線を一気に飛び越え、
核心へと進む。

速度をもった、ニ物、対立。

そう、テロリストになるんだった。

著者の顔なんかこの作品には出ても来ない。
でてくるのは、圧倒的な登場人物。
こうやって、筆舌をつくしても語ることは困難を極め、
これは、

これこそが、小説だ。

もう一度、読むだろう。
何度も読むだろう。

高校時代の自分には受け入れられなかったのだろうか。
当時の印象があまりにも薄すぎる。
あるいは、17歳の自分は、この小説から、

逃げたのか・・・