高木ごっこ・・・541-100『100番目の素数は541か。三葉の写真』

2009年1月7日 00:22:28

写真

三葉の写真。

と書くと、太宰の『人間失格』の書き出しだ。
それを狙って今、書き始めたわけでは全然ない。

大浦監督からの手紙を読んだ。
安部公房の短編集を読んだ。
昭和天皇の御製を読んだ。
部屋を片付けた。
ものを捨てに捨てた。
盆栽を眺めていた。
脚本を書いている。

(もうすでにこりゃ脚本じゃねぇーな)

と思いつつも、迷いがないことが不思議だ。
どんな作品になるのか全然検討もつかない。
(俺は、脚本家だ)と、ちょっとかっこつけて煙草に火をつけてみたら、真夜中。

三葉の写真。
二十一世紀書院の蜷川正大さん、
統一戦線義勇軍の針谷大輔議長。
野分祭で一緒に写真を撮らせていただいた。
真ん中の自分はふわふわと漂流。
お二人のあまりの重さを感じながら、写真というひとつの停止に収まった。

(あんた・・・、切なか・・・)
八代亜紀の声に20代の悪事の数々がフラッシュした。
小指の先まで淋しか、と八代亜紀の声にひとつの停止を知る。

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二通の手紙を書いた。
一通は、大恩ある先輩。もう一通は、消息不明の友人。
昭和42年生まれの今年42歳。
それがどうした、ロックンロールだ、と高校時代を思い出した。

高校生の頃、一生ロックを聞き続けると豪語していた。
ネクタイなんかしめるか!
サラリーマンなんかになるか!
ギター一本、歌うんだ!
バンドに夢中になり、夢中になりすぎた。

ネクタイをしめる仕事にはついてない。
けれども、ロックばかり聴きはしなくなった。
演歌、クラッシックが好みの中心を占めるようになった。
まあ、それはそれだ。

先日、高校バンド時代のビデオが出てきて、見た。
スタジオで撮影したものや、
何かの前座で歌っているものや、コンサートに出演したものなんかだ。
17歳とか18歳の自分。
ぴかぴかの肌で、目がまっすぐだった。
悪いことはしていても、悪意には接近していなかったんだな。

(多分)その数々の悪事を笑って受け入れてくれる友人と、
新年麻雀をうった。
4人が集まり、6時間。
(6時間か・・・。集中力がもたないな)と思い、始まった。

写真のような手が入った。
驚くべき手だ。
10巡目でリーチ。
その前に、あんまりいい手すぎて、上がり形が分からなくなり、
対局者に聞いた。
話の内容で、みんなにこの手がまるわかり。
驚くほどの手。

(これを上がったら、いけないんじゃないの?新年早々から運を使いすぎだよ)

半分半分の気持ち。
上がりきりたい、いやいや、上がらなくても良し。
結局、上がれなかった。
上がれなかった、と先輩の手紙に書いた。
それは、明日にでも届くだろう。
もう一通の手紙は、また、戻ってくるのかもしれない。

生きてるのか、死んでるのか、消息不明の彼には、借りがある。
もう10年以上も借りっぱなしの、借りがある。

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二本目の煙草。
立ち上る煙の行方を目で追うのは、コトバ。
コトバ君、コトバ君、副流煙を君も吸ってるのか。
仕方ない。
ここに来たからには、一蓮托生。覚悟を決めなさい。
そう思いつつも、窓を開けて換気。

劇団員がいつもお世話になっている居酒屋のマスター。
マスターというよりも、お父さん。金太郎お父さん。
昔、本田技研に勤め、オートバイを作っていたと。
その話題で激しく投合した年末。
スーパーカブの優秀性に話がつきなかった。
その秘密を聞いた。

もう13年乗っているスーパーカブ。
9万キロに手が届くほどの走行距離。9万キロか。
地球を2周以上も走ったんだ。凄いな。
そんなに走っていても、エンジンはご機嫌。
不調のかけらも感じない。

いつも日の丸をつけて走っているわけではない。

部屋の中が外の気温と同じになったようだ。
寒い寒い。窓を閉めよう。

3月の公演の脚本。書きかけのそれ。
迷いがなさ過ぎるのが怖いけれど、書き進め。
劇作のルール、マナー、規則、なんのその。
俳優たちの混乱なんのその。

書けるじゃないか。まだ、書けるじゃないか。

いい作品だか、ダメな作品だか、面白いのか、ダメなのか、
そんなことが全然気にならなくなってるのも又、面白い。
脚本で頭をいっぱいにしながらも、
見沢知廉生誕50年記念展の準備に入る。
HPのサンプルができてきた。
これまた傑作。友人K&Kの奇想天外。面白いHP。
まさに、

見沢知廉という生き様を象徴したHP、
そして、劇団再生が見沢知廉をやることの意味がそのHPのスタイルにあった。

このままじゃ、いつまででもキーを打ち続けてしまう。
万年筆に持ち替えよう。