『天皇ごっこ〜調律の帝国〜』二日目に見沢さんがやってきた
2009年8月23日 00:46:46
こうして時は流れていく。
その時間の罠から逃れる術を渇望し、だから、
ぼくは、演劇を選んだのかもしれない。
また或いは、その時間の罠に捕らえられたまま、
ぼくは、演劇に選ばれたのかもしれない。
どちらにしても、同じことだ。
こうして、ぼくはここに居る。
連日のトークライブ。
「死後に成長する言葉・命・人生」
見沢さんの生涯や思想に焦点を当てながら、
今生きているぼくたちが何を思うか、
そんな論点からトークが始まった。
大浦監督の見沢論、鈴木邦男さんの見沢論、
そして、ぼくの見沢論。
話したいことがたくさんある。
ぼくは、確かに見沢さんと出会った。
大浦監督も、鈴木さんも、出会ったんだ。そう思った。
見沢さんもそうだ。
見沢さんも、見沢知廉と出会ったんだ。
たくさんの写真、手紙、暗号、書籍、
そんな、見沢さんが遺した資料に囲まれた会場。
その会場で、ぼくたちはぼくたちの見沢知廉を吐き出す。
ぼくたちの見沢知廉を吐き出す。
内臓を抉り出されるように、
喉を絞められながら、
手足を拘束され、
四肢を繋ぎとめられ、
それでも、全身で見沢知廉を吐き出す。
トークは、言葉を重ね、見沢さんを呼んだ。
この会場に、見沢さんがやってきた。