またあの夢だ

2010年4月18日 19:47:21

波は荒れてはいない。穏やかだ。小さな伝馬船の上で、「あれ?」と思った。
(またあの夢じゃないか)
夢を夢と知りながらその物語を意識的に進めていく不思議な感覚のそれだった。
波は、穏やかだ。
(前は日本海みたいだったな。台風みたいな感じだったのにな)

周りを見渡す。海ばかり。どこかに向かっているはずだけどな、と思う。
そう思うと、進む先に小さな島影が見える。
そして、伝馬船の上には、ぼくと女の死体。
当たり前だ。この小さな伝馬船に女の死体がなくてどうする。
陽は高い。暑いというほどではない。心地いい。
ゆらりゆらりと揺れる小さな伝馬船。船側でちゃぷちゃぷと時折音がのぼる。
(やあ、久しぶりだな)

女の死体に声をかける。もちろん答えはない。確かに死んでいる。
なあ、なんで死んだんだっけ? いい人生だったのか? 幸せそうな顔だな。
首にくっきりと手の痕がある。強く締め付けられたんだな。
苦しかったかい? それとも・・・・

女は白いワンピースを着ている。濡れてはいない。
そういや、前は二人ともずぶ濡れだったもんな。今日はなかなかじゃないか。
夜が居そうもない真昼間だ。ほら太陽はあんな真上。あの太陽が隠れるようなことはないさ。
あったかい風ときれいな波の音。
どうやらあの島に向かってるみたいだ。なあ、お前はあそこに行きたいのか?
俺? 俺は、

どうでもいいや。えらく気持ちいいじゃないか。
ゆらり、ゆらり、ちゃぷ、ちゃぷ、
女の死体に話しかける。
どうしてにっこり死んでるんだ? 何かいいことがあったのか?
いい人生だったのか? いい死に方だったのか? いい男がいたのか?
満足そうな顔じゃないか。それにしてもその首の痕は目立つな。
勲章かい? それがそのにっこり笑顔のもとかい? 首を絞められたのか?
それが嬉しかったのか? それがお前の人生だったのか?
なんだっていいやな、そんなにいい顔で死んでるんだ。羨ましいよ。
それにしてもどこのどいつだ、お前の首を絞めたのは。どんな男だったんだ?
その男に惚れてたのかい? その男が好きだったのかい? どんな奴だった?
なんだ、嫉妬させてくれるじゃないか。いい天気だな。ちょっと待っててくれ、

一泳ぎしてくる。待ってろよ、動くなよ、どこにも行くなよ。
ちょっと水浴びしてくるだけだから。待ってろよ、どこにも行くなよ。
俺か? 俺は、この小さな伝馬船にしか戻る場所はない。だから、待ってろ。
なんだ、なんだ、手を離してくれ。ちょっと泳いでくるだけだから。
そんな顔をするなよ。ちょっと世界を一回りクロールで。・・・・・そうか、

そんなに言うなら、ここに居る。
大丈夫、もうどこかに行くなんて言わない。世界? そんなもんここでだって見れるんだ。
さっきはちょっと、な、ちょっと、泳いでみたかっただけなんだ。
本とは泳ぐの苦手だから、ちょっとな、ちょっとかっこつけてみただけなんだ。
世界なんてな、ほら、丸見えだ。ゆらり、ゆらり、ほら、わかるだろ。
たいしたもんじゃない。お前が言うとおり、

お前の首を絞めたその瞬間こそが、永遠だ。そうだよな。