森田童子の声に、そしてぼくは反逆を企てる。
2010年8月14日 23:53:40
ぼくは、偉大な夜を知っている。
ぼくは、安心して眠る夜さえ知っている。
どうだ! その二つの夜を知るぼくは、最強じゃないか。
眠りは死に通じる、とは古今論考され検証され続けた一つの仮定だ。
精神論的に意識論的に実存論として欲望として、さまざまなアプローチでそれは思考された。
そんなことを今さらとやかく言いやしない。
ただ、それを実感する。そして、
眠りは詩に通じる、と今、言う。
旋律と戦慄が同音であることのぼくたちの意味。
死と詩がまた同音であることのぼくたちの意味。
原稿一本書き終えて、送稿の準備をする。
なんだかんだとお盆進行。対応するため早めに早めにと仕事を片付けていく。
ギリギリになれば時期が時期だ。何が起こるかわからない。
コトバのやつは、産卵の季節を終えたのか、
巣作りをやめ、独特の甘えた声をあげることもなく、泰然自若。
高い場所にある止まり木にすっくととまり、ぼんやりとしている。
「やあ」とあいさつをする。
無視。
「元気かい」と続ける。
ゆっくりと顔をこっちに向ける。
頭でっかちの二頭身め、と笑ってやる。
福本和夫は、円を描いて、その中に円を二つ描けばフクロウだ、と書いている。
描いてみたら、ドラえもんか、或いはコグマか。
頭でっかちのまあるい顔したコトバさん。
コトバが見下ろしているのは、ぼくの前でくるくる回るレコード盤。
森田童子がくるくる回る。
丸いレコードがくるくる回る。
そうだ、ぼくは偉大な夜を知っている。
そして、安心して眠る夜も知っている。
森田童子がくるくる回る。
「ひとりで生きてきたことの淋しさに気づいた
今すぐ海を
今すぐ海を
見たいと思った」
行きどまりの海でぼくはふり返る
真っ黒なレコード
1978年7月29日東京カテドラル聖マリア大聖堂でのライブ盤
森田童子が刻まれた溝
森田童子が歌う。
CDには収録されていない森田童子の語りが静かに夜を回る。
次の原稿にかかろうか、と思うも資料が足らな過ぎる。
今日は資料を探したり、読み込んだりで終るか。
脚本も少し進めないと締め切りに間に合わなくなるだろう。
A面を聴き、裏返してB面を聴く
そして、また裏返してA面を聴く
コトバのやつは回るレコードを興味深そうに見ている。
首を少しかしげ、間の抜けた顔で見ている。
ぼんやりとまあるい顔。
燃えるように赤い九月の空は
傷ついたぼくたちの沈黙です
少し資料読みにかかるか。
原稿を書くのは明日だ。
資料を読み込んで頭にストックしたら、万年筆を持とう。
脚本を進めよう。
言葉の空にぼくは沈黙する
言葉の空にぼくは窒息する