9月の舞台が見えすぎる。見えすぎて疲れる。見えすぎて恐怖する。見えすぎて頭がクラッシュする。映画だ、映画を観よう、そう思った。
2011年2月12日 22:41:05
見えすぎることの恐怖をこんなに感じたことは初めてだ。
これまでに経験したことのないリンク感覚。
思うこと、見ること、読むこと、感じること、考えること、書くこと、そして、
夢や、他人の話や、海の向こうの戦火や歴史、一服の煙草の煙に外の雪、
何もかもが、9月の舞台にリンクしていく。
こんなこと、全てが可能なのか、とつい逃げ腰の問いを発してしまう。
リンクするたびにその具体的実現性の検討に入る。
可能だ。
俳優の肉体能力、潜在能力、言語感覚、音感、リズム感、コンマ秒、コンマミリを制御する客体的認識、
それらが当然必要不可欠なものとなるだろうが、その前にだ、
ぼく自身と見えすぎるこの画の戦いの決着をつけておかなくちゃならない。
焦るな。
考えることを一先ずそこにおき、その大状況を楽しむ。
映画を観よう。何か、何か、大好きな映画を観よう。何にしようか。
部屋のあちこちに積み上げている本の間から、映画を探す。