人は死んだり生まれたり

2014年4月3日 22:01:49

子どもが生まれたと連絡があった同じ日に

ある方が亡くなったと連絡があった

毎日毎日たくさんの人が生まれ、たくさんの人が死んでいく

だから同じ日に生れたり死んだりの連絡があったとて不思議でもなんでもないが

そんな経験は初めてだった

生れたという出来事と死んだというできごと

どっちをどう、という訳ではないが

どっちからやろうか、と考えたのは本当のところ

やろうか、というのは、例えばお祝いをどうするだの

例えば弔電がどうしただの葬儀がどうしただの、ということなのだが

さて、どちらの出来事も真に私という自己の出来事とは関わりはない

もちろん人情的に関係的にという点では大きな関わりがあるとも言えるが

そうなのだ

ぼくが産まれた時にぼくはそれを知らず

ぼくが死んだ時にはぼくはきっとそれを知らないはずだ

ということが本日の問題なのだ

友人に子供が生まれたことはめでたい事だ

彼がずっと子どもを望んでいたことは知っていたからなおさらだ

そして、先輩が亡くなったことも大きな衝撃だ

何度も声をかけていただき、時に励ましていただき、大きな口の笑顔は忘れられない

お祝いとお悔みの一日