諷花ライブ【迷奏戯回】吉祥寺SHUFFLE

2008年10月20日 01:34:31

写真

諷花のライブを観た。
諷花を中心に新しく活動を始めたバンド【迷奏戯回】

決して大きくはないライブハウス。

この日を楽しみにしてきた。
劇団の稽古を休みにして、劇団員と観た。

みんな何を感じただろう。

諷花は一人だった。
もちろんバンドで演奏している。
けれども、諷花が立つのは『一人』という場所なのだ、と
あらためて思った。

孤独なのではない。
独居なのではない。
独尊でもない。
孤高でもない。

一人。

一人の人間が一人居た。
諷花は歌だ、と以前書いた。
確かにそうだった。そして、加えられるなら、諷花は言葉だ。

生まれなおせるのなら
無となり 私は消えて 泡になるよ(午前三時)

ああ 本当はここに 居たかった(午前三時)

歌故にそれは沸騰する。

写真

例えば、命。
例えば、魂。

諷花がどんな人生を生きてきたか知らない。
今、どんな生活を生きているか知らない。
そんなことはどうでもいいんだ。

諷花は歌を歌い始めたのではない。
諷花は歌を選んだのではない。
それがはっきりとわかった。

諷花に歌があった。それだけなんだ。

芸術を始めたり、やめたりなんか、そんなことはできない。
そんなことをたくさんの人に聞いてきた。
聞くたびに気持ち悪くなった。
吐き気を催すほど、その言葉が嫌いだ。
演劇はもうやめます、とある先輩は言った。
バンドはこれでやめるよ、とある友達は言った。
いつまでも芝居をやってられない、かつての劇団員は言った。

演劇や歌をはじめたりやめたりできるもんか。

演劇や歌は、その人に在るものなんだ。
はじめたりやめたりできる人には、そもそもそれがないんだ。

個人の芸術の終焉は、その個人の死以外にはない。

命の煌びやかを、生きるか死ぬか。
諷花は歌だ。

写真

演奏曲目は、

1、無題〜序章〜
2、下弦の月に蔦蔓
3、喜怒哀楽、上々
4、世界は愛しく美しい
5、ヘビーローテーション
6、午前三時