鈴木邦男という質量・・・『黒色火薬か拳銃か、或いはやはり一口の刀か』

2009年4月26日 23:30:00

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このHP『高木ごっこ』もまもなく3年を迎えようとしている。
迎えようとしている事実はあるけれども、その事実に意味はまるでない。
何かをこうして一方的に書き付けているのも、ただ、ただ、
明日を証明したいからであって、欲求でも本能でも、ない。
何もかもを犠牲にして本を読むのも明日がないからであって、
果てしない升目を一文字ずつ埋めるのも明日がないからであって、

明日を証明することができたら、もっとのんびりする。
性格的にきっと、そうする。
明日があるのなら、こんなに焦って本を読みはしない。明日、読む。
明日があるのなら、今、こうして今を書くことはしない。明日で、いい。
何万字もの升目を埋めるのも明日でいい。
今は、少し、休みたい。

『鈴木邦男という質量』というタイトルで二年前からここに書いている。
今月も、鈴木さんから『月間TIMES』が送られてきた。わくわくしながら読んだ。
結局、読むか、書くか、死ぬかしかないじゃないか、と鈴木さんも叫んでいる。
鈴木さんに指導いただき、読書のなんたるかは、確かに変わった。
こうして全集に取り組んでいるのも鈴木さんのご指導だ。対談を思い出す。
『本はこう読め!=読書戦争・ちくま編=』鈴木さんと全集対談をした。
その時、やっぱり、思った。本になりたい。けれども、本だけにはなりたくない。
言葉としては矛盾しているけれども、感覚としては全然矛盾していない。
生きるも死ぬもない、ただ本があるだけだ。

鈴木さんは今も本を読んでいるだろう。
闘いに、優しさと寂しさが必要なのと同じで、読書にも優しさと寂しさが必要だ。
それがなければ、そも本を読むことはできない。そして、同時に、
その優しさと寂しさを読むのが、読書だ。

先日、鈴木さんから送られてきたたくさんの書物。
荷物が届くと、どきっとする。(まさか)と。
びりびりとガムテープを剥がすと、「やあ」と本が顔を出す。いつでもそうだ。

「やあ」

ぼくも、あいさつを返す。「ああ、よく来たね」
一冊ずつ手に取る。それは、

本の持つ攻撃性は、何に似ているだろう、と考えることがよくある。
それは、黒色火薬か拳銃か、或いはやはり一口の刀か、と。
何に似ているだろう。
内容によってその火力は違う気もするが、いや、国柄の違いか。
日本の本は、やはり、一口の刀。
それも、昔の思想書はあからさまにそうだ。抜き身の刀だ。
じゃあ、欧州の思想は? んー、拳銃かなあ。
アメリカは? 黒色火薬か。まあ、勝手な思いだ。自分で思って楽しむだけのもの。
難しいのがアジアの火力だ。

よく来たね。やあ。
一冊ずつその武器を確かめる。
生きることよりも、死ぬことよりも。明日を証明できないことのほうが重大問題。

何冊読もうが、何ページ読もうが、何も変わりはしない。
ただいつもこの最後の一冊があるだけで、真夜中、原稿用紙を広げた。

鈴木さんも今頃コクヨの原稿用紙を広げているかもしれない。
さっき、原稿の依頼をしたところだ。
もう書き終わっているかもしれない。まったく全然書き始めてもいないかもしれない。
12時間、パソコンを操作し続け、右手首の腱鞘炎が悪化。
普段使い慣れたマシンではない。マックだ。机も椅子も違う。マウスもキーボードも違う。
右手首にフェイタスを貼り、サポータで固定する。
目が痙攣を起こしている。そりゃそうだ。
小さな文字を追い続けてきた。

こんな状態での読書がまた頭に入るんだ。なぜか、昔から。

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原稿用紙を広げたまま、

本でも読むか。
真夜中だ。鈴木さんも、読むか、書くか、死ぬか、しているだろう。


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