脚本を読み返し、音の編集をし、『MATRIX』

2009年6月11日 22:43:35

写真

明日は本番。30分の作品。ライブハウス。対劇。
会場での状況が全くわからないまま、段取りのほぼ全てを
「現場処理」とし、最後の稽古をした。
微熱を愛おしく感じながら、体の中の発熱する臓器に唾を吐く。

完全な集中を、かつては2時間持続できた。
かつて、というのは、20代から30代半ばまでか。
自分の肉体と精神が持続して集中していられる時間が2時間だった。
最低2時間、と決めて、体も精神も調整していた。
それは、音響という仕事をしていたということもある。それが一番の理由だ。

左手の人差し指と中指の二本は、本番中の2時間はフェーダーから離れることはなく、
右手の中指は、プレイヤを100分の一秒という単位で反応・操作するために、
体力をつけ、精神を調整していた。

かつては。

今は、少し短くなった。一時間半、というところか。
体力が少し落ちたな、と思ったら、集中力を持続させることのそれも少し落ちた。
完全な集中というものを知っている。
その状態をながながと言葉にすることもできる。今日、最後の稽古をした。

稽古場には、劇団員が集まり、出演する3人は、
衣装をつけ、メイクをし、
演出卓では、照明の打ち合わせをし、保険屋おがくんは観客然。
30分の作品だ。決めた定時に最後の稽古をスタートした。

帰宅して、何度も本を読み直す。
瑕疵はないか、齟齬はないか、逆説が成立しているか、
今日、3人の彼女たちが演じたそれは、正しく演劇しているか。
演劇を正しく演劇することを知る演劇人が少ない中で、この30分は正しく演劇しているか。
何度も脚本を読み返す。

音を当てながら読み返す。
そうだ、音響テープを作らないといけないんだった。
状況があまりにもわからなすぎる。
準備をしておくにこしたことはない。

音を順番に流しながら、脚本を読む。

真夜中が近付いたら、映画を観よう。そう思いながら帰宅した。
何を見ようかな。『LEON』もいいな。高倉健もそりゃいい。
『ランボー』も意外にいいかもしれない。
そうだ! 『名探偵コナン』だ! と思ったけれど、持っていない。
『バグダット・カフェ』か、『時計仕掛け』か、
奇を衒って『赤目』もいいかも。そんなことを考えながら2分で自宅。

プレイヤにいれたのは、『MATRIX』
何度も何度も見た映画。この映画は賛否両論。
ここに描かれている【MATRIX】という観念は、映画でしか表現できないのかもしれない、
とずっと思っていた。
映画だから視覚化可能な観念だと。
だから、それをこうして見せてくれるこの作品が大好きなんだ。
けれど今は、ちょっと違う。

この観念の表現は、演劇でこそ「リアル」に立ち上がらせることができるかもしれない、
そう感じている。できそうな気がする。ぼんやりと画が見えている。

最後の稽古を終えて、一人帰宅して、体温計をくわえる。
集中のゆるやかなアウトを感じながら、作務衣を脱いだ。
集中の時間が短いときに限って、抜けていことに時間がかかる。いつもどおりだ。

脚本を読み返しながら、テープを作る。
真夜中を待って映画をみる。本番前日のいつもと同じ今日。