見沢さんの墓前で煙草を吸い、そして、脚本にペンをいれた。

2011年5月22日 22:25:01

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先日、制作会議前に見沢さんの墓参りに行った。
その前日にご母堂と長く、話した。そのことを見沢さんに伝えた。いや、毒づいた。

「のんきにそんなとこで死んでんじゃねぇ」

見沢さんに伝えることはたくさんあった。
七回忌法要のこと、記念公演のこと、映画のこと、雑誌連載のこと、他にもたくさん。
煙草を一本吸い終えた。なんだこの晴天は。

「太陽が嫌いだったんなら、嵐を連れて来い!」

背後の大木の枝鳴りを聞いたら、風が抜けた。着物を風が抜けた。
見沢ママの前日の声がよみがえる。何時間も話し続けた声がよみがえる。
帰宅して、七回忌追悼公演の脚本にペンを入れた。

睡眠時間を削りながら仕事をこなしてきたからか、予定より一日ほど仕事が進んでいる。
だから、という訳ではないが、一日街を歩こうと、決めた。
三島由紀夫の映画を観た。吉原に足を伸ばし、キモノスイッチに行った。
池袋で眼鏡を新調した。ビックカメラであれこれと価格を見て歩いた。
書店を歩き、必要な本をメモして歩いた。「とんかつ」にしようと、肉と油を買った。
コトバを眺めていた。一日着た着物を吊るしそれを眺めていた。思い出深い鼠縞の綿麻混。
夏の着物を想像した。既成のデニムが芝崎さんの手にかかることを想像した。
30年近く吸っている「ショートピース」の替りに「ゴロワーズ・カポラル」の香りを楽しんだ。
頂きものの手ぬぐいの肌触りを楽しんだ。その図柄を楽しんだ。久しぶりにテレビをつけた。
現実に引き戻されまいとカバンから仕事の書類を取り出さなかった。
「とんかつ」に生パン粉を使った。からしを練ってみた。ソースを手作りしてみた。
汗だくになった半襦袢を洗おうと思った。勝の「人斬り」を無性に観たくなった。

コトバが目の前の止まり木で眠っている。
安心しきった顔だ。にっこりの顔だ。何も怖いもののない顔だ。嬉しい顔だ。
このキーボードの音にも目を覚まさず、まるで置物のように微動だにしない。

空白的な一日を意識的に終わらせる時間だ。
仕事を再開する時間だ。堪能した。豊かな時間どもをこの手でコントロールした。

雨だ。この世に傘はない。いいだろう。濡れようじゃないか。
それが、この場所にいる意味かもしれない。それを証明しようとも思わないが、本当だろう。
細胞の一つ一つが叫び始めた。

「書け!」