8月の舞台『正義の人びと』。その舞台のもとになるもの書いているのだが、

2012年6月27日 22:35:55

カミュ原作の『正義の人びと』

名作中の名作。
脚本の形式をとった文学で、実際に上演もされている。

1949年12月15日
エベルトオ劇場
ジャック・エベルトオ主宰
演出ポール・エットリイ
装置・衣裳ドゥ・ロネイ

全5幕の戯曲文学。それを下敷きに八月に作品を発表する。
その作品を発表するためには、
その作品を創る。
その作品を創るために、
脚本と呼ばれたり、台本と呼ばれたり、テキストと呼ばれたり、
なんかそんなもんが必要とされ、
それを、

書いている。

原作通りに創ることができれば、書く必要なんかないのだが、
ぼくの腹の中の虫がそれを許してくれない。
原作通りだと、

小さいんだ。小さすぎる。
上演された1949年当時は、その小ささが、「新劇」っぽくて
成功もしたのだろうが、

見えている画は、どうにも空間を測りきれない。

筆が止まっている。
もちろん、このまま稽古に入ることはできる。
そのくらいは、書いた。
この先は、稽古場でじゃなきゃ書けん。

というよりも、書く必要がないんだ。
稽古場で、ぼくが、ぼくの言葉で俳優に伝えれば済む話だ。
ぼくが語れば、ぼくの世界は、できる。
ぼくが稽古場に行けば時間が流れる。
ぼくが稽古場にいればそれが作品だ。

このまま俳優に配ろうか。
読み物、脚本、台本、テキスト、としては未完成も甚だしいが・・・