何か知らんが、あちこちから、あれこれいろいろ話がやってくる

2012年10月25日 21:26:09

仕事、では、ない。
いつか換金性のある仕事に繋がる可能性がある、とも言いきれないし、
そんな可能性はない、とも言いきれない

不可能性、という単語を使った方が、ピンとくるという感じだろうか

将来にわたっての可能性、或いは不可能性を云々し、
今の判断を下すことは、当然ながら、できない。

そんなこんなで、あちこちからいろいろとやってくる話を、きちんと聞く。
それは、ある種の問題であったり、その方の困りごとであったり、
また或いは、切実なヘルプであったり、思い付きであったり。
問題だの、困りごとだの、ヘルプだの、思い付きだの、とふるい分けしてみたところで、
具体的なそれぞれの話に光が見えるわけでもない。

話を聞く。
答えを留保できるのなら、そうするのだが、話の段階ではそうもいかない。
一般的よりは、やや個人的な方にメータを振ったあたりのスタンスをとる。
けれども、それでは満足されないわけだ。
もっと、ぼくの個人的な見解だの解決策だのが、ほしいと言う。

ならば、と、答えを繰り出す。
繰り出す。繰り出すほどの語彙は当然、ある。
徹底的にぼくの方法で論旨を展開する。
正しいことは、正しいということを、極値から、その方へ、伝える。

だからと言って、その時点で、何かが解決する訳ではない。

みんな、解決することを本当に望んでいるのだろうか。
本当に望んでいるならば、何もかも一瞬で解決すると、思うのだが。

あちこちから、あれこれいろいろやってくる話のあれこれは、
どうも、解決することを望んでいないんじゃないかと思ってしまう。

いや、まあ、別にどうでもいいのだけれども。
ぼくに話したら、何かがどうにかなると思っているのだろうか。
かき混ぜるだけかき混ぜて、極値という極値を明示して、
一般解からは果てしなく遠い道程を指示することになるのだが。

それでも、それらの言葉は気持ちいいらしい。
実際に、気持ちいい、という単語は使われないけれども、
それは、話していれば、わかる。

ぼくは、高い木の上に、今も一人で、居る。