声が何かを知っている人があまりに少ない

2012年11月7日 23:31:21

普段の生活の中で
声、或いは音声の意味や価値をきちんと定義して、発語する人はすくないだろう。
ほとんどいないと言っていいと思う。
誰かと話しながら、お店でお釣りのやりとりをしながら、
居酒屋で注文をしながら、バイト先で指示を出しながら、

声とは何か
音声とは何か
今発したこの音は、言葉と「共に」に何がしかの価値を持つ
持つはずだが、その意味とは何か

ということを考えながら、或いは検証しながら生活はしていないだろう。
それでいいと思う。

だが、舞台の上、ステージの上では、どうか。
声が何かを知って発語している俳優がどれだけいるだろうか。
音声が何かを知って歌っている歌手がどれだけいるだろうか。

声は、「言語活動」の場所を開く。

しかし、「言語活動」の否定的な場所と肯定的な場所における開かれ方は、当然だが、違う。

声はなによりまず、常に時間性に委ねられる。
その委ねられるという方法で、「その」場所を開く。

この思考は楽しい。
楽しくて仕方ない。誰かと、このことについて話してみたい。
声の意味は必ずそこで止揚するだろう。
止揚された声のテーゼが、俳優が習得すべき音声だと思うのだが。