ロカンタン、ロカンタン、ロカンタンと何度も口にしていると、なんだかとてもかわいい言葉に思えてきた。

2014年3月5日 14:52:56

もうすぐ午後三時。
あの、例の、午後三時だ。
「何をするにしても常に遅すぎるか、早すぎる時間」の午後三時だ。

それはそれとして、「存在」。

そういえば、ずいぶん前に、と言ってもたかだか数年前だと思うが、
マロニエの木の根元の吐き気の意味が、わかった気がしたことを思い出した。
そのことを思い出して、どうわかったのか思い出そうとしたけれども、
それは、全く全然思い出すことができなかった。
わかったと思ったのにどうわかったのかわからないんだ。
あの、わかった、は、錯覚だったか。
大先生サルトルさんを向こうに回して、わかった、は、やはり間違えだったか。

でもなー、確かにわかった時のあのなんとも言えない感動を感じたことは覚えてるんだよな。

まあいいや、ということで、「存在」

いろんな人が存在を定義してるし、日常的にも使う語だけれども、
わからんなー
わからんな。

午後三時、サルトルさんが定義した午後三時。
ぼんやりと「嘔吐」の表紙を眺めている。

他者という定義に自己自身は含まれるかどうか。
一緒に考えて見ようじゃないか、ロカンタン。
午後三時がそんなどうしようもない時間だとするならば、
二人で突破しようじゃないか、ロカンタン。