実は前回の作品を発表した時から感じていたことなのだが

2014年5月23日 01:41:06

作品を発表する、

ということが、日常から逸脱したなにか特別なことだと感じなくなった

以前は、会場入りということが本当に特別で神聖なことだとも感じられていた

だが、なぜか、今、日常と変わらない、としか、思えないのだ

数か月ずっと考えていた

ぼくが、作品を創るという事に対して倦んできたということではない、決してない

ある一つの会場で数日間にわたり多数の鑑賞者に是非を問う事が決して逸脱ではないのだ

不思議な気分だ

いつもと同じように本を読み、

実際昨夜は1000ページに及ぶ小説を一気読み

面白くて、眠ってなんかいられない、と久しぶりの読書の醍醐味を味わった

夜中にいつものように打ち合わせを入れてみたり、一人の真夜中を楽しんだり

とはいえ、だ、確かに作品を発表する会場と言う場所は、

何か、人をして、高揚させてくれる

それは、確かに感じる

だが、その高揚感は、凄い映画を観たあとだとか、とんでもない本に出会った時だとか、

例えばそんなある種の非日常にも潜んでいる、当たり前の高揚感なのだ

それを特別視してきた30年近い年月

憑き物が落ちたように目の前がクリアになった

2013年7月と9月の読書劇が契機になったようだ

『二十歳の原点』と『テロならできるぜ』、

その二作品が、ぼくのなにかそんな上っ面を剥いでくれたようだ

いいことなのか悪い事なのかそれは全然まったくもって自分で判断できない

ただ、不思議なもんだ

会場で原稿が一本書けてしまうというなんという不思議

きっとぼくは明日の真夜中を一人楽しむだけ楽しみ、翌日の作品発表を迎えるだろう

きっとぼくは明後日の真夜中一人バイクを走らせ夜の国道を歌いながら走るだろう

きっとぼくは会期最終日のたった一人を一人で、一人で、一人、抱きしめるだろう