カメラマン吉田豊一

2015年1月9日 23:29:25

写真

あと一か月と少しすると作品創りが始まる
週に数回の創作を積み重ね、三月に発表をする
一般によく言われることだが、作品を創ることにおいて
その人の、その団体の、ある種の或いは一つの方法論またルーティンができる
ということが、一つの作品なのだ、と

「演劇」「舞台作品」「芝居」という一般的な単語を使用する限り
その仮説は、正しいとも言える、と思わなくもない
というのは、数十日の創造期間において、過去の同期間における経験が
大きく、首をもたげる時が、確かにあるからだ
そしてまた、ぼくの作品の大きな要素である俳優においてもそうだ
過去の彼らの経験が、ぼくの作品に確かな色を落とすのだ、或いは邪魔になるのだ

新しいことが、新しいものが、良いのだ、とはぼくも言わない
だからと言って、一つの確立されたスタイルが良いとも思わないし、
悪いとも思わない

作品を創る、ということにおいて、過去も未来も、方法も手法もないのだ
ということを自身いつも言い聞かせている
ということは、言い聞かせなければ、やっぱり易きに流されてしまうのだ
そんな自分に嫌悪を覚えながら、一か月後に迫った創作に向けて
頭の中では戦闘が始まっている

音楽を聴き続け、無駄な言葉を排除し始めている
と、そんな今日、いつも作品の写真を撮っていただいている吉田さんの写真を見たくなった

言っておくが、決して過去を懐かしんでいるわけではないのだ

http://yoshidatoyokazu.blog133.fc2.com/blog-category-10.html

吉田さんとの出会いもほんとうにおもしろいものだった
もう10年も連載をさせていただいている『ファイナンシャル・フォーラム』において、
担当の編集の方から、
「プロフィール写真を掲載したい」と言われ、
一度は、手持ちの自分の写真をだし、そして友人に写真を撮ってもらったりもした
数か月、プロフィール写真であれこれとやってみたのだが、
最終的には、担当さんが写真家とスタジオを用意し、撮影する、ということになった

早稲田のスタジオに伺うと、吉田さんが、いらしたのだ
挨拶を交わし、同年輩、そして故郷も近いところということでリラックスして撮影できた
話しの流れで、舞台作品撮影の話になったのだ。これまで、

『正義の人びと』
『暗室の窃視者』
『二十歳の原点2013』
『テロならできるぜ』
『スーザンナ・マルガレータ・ブラント』
『二十歳の原点2014』
『岸上大作全集全一巻』

と撮影していただいている
吉田さんは、いつも「ゲネプロ」という劇場での最後のリハーサルを撮影される
客席の最前列で、時には舞台上に、或いは作品中に入り込み、撮影される
今では、その吉田さんの姿までもがぼくの作品のように思えてしまう。不思議だ。

写真でしか止めることのできない時間がある
写真でしか表現できない時間がある

ということをまざまざと見せつけられる作品ばかりだ
ニコニコと劇場に足を運ばれる吉田さん

吉田さんとの再会が楽しみになってきている