コンブ日記『読む観念が伝染する。』こんばんは、コンブさん。平成19年12月27日に日付は変わりました。

2007年12月27日 00:14:00

写真

午前中に緊急のメールに気付き、
いろいろな予定を全て変更・キャンセルし、
その対応に時間を作る。
順調に行けば、数分で終わるけれども、
もしかして、万が一、があれば数時間、
と判断して午前中から午後3時くらいまでを想定。

その対応には、この肉体の移動が必要で、
のこのこと着替えてバイクで移動。

さて、話は変わり、
昨日からの懸案事項コンブ日記『読む観念が伝染する。』
高木ごっこで書いた『読書考』4に対するレスが入り、

「ふむ」と考える。

>それで、パソコンに表示される文章は
>「在る」ということなのですが、
>それは、うーん、例えば、「見る」に近いのであれば、
>模様みたいなもんですか?
>読める模様?(笑) 難しいよ、そんなの!
>というわけで、私は、
>「本を読むことを考える事を考えるのは楽しい」
>ということには、同意できませんね……。
>もっと別のこと考えてるほうが楽しいって、ぜったい(笑)。
(原文より改行位置を変更/高木)

「ふむ」と考えるわけです。

インターネット上にあるテキストファイルを
視覚で認識するのは、
インターネット上にある当該ファイルを
ブラウザでディスプレイに表示するという出力をしています。

その出力されたものを
『読む』なのか、『見る』なのか、
という設問。

>それは、うーん、例えば、「見る」に近いのであれば、
>模様みたいなもんですか?

模様かぁ、
うーん、そう言われればそんな感じもするな、と。
どんな見方をするだろう。
いろいろなテキストがディスプレイに出力されているもの。
それを、目次のような感じで『見ます』。

その目次として認識したものを
『読む』ために必要であれば、
プリンタを使って紙に印刷してから、
読みます。

と、整理すると、やはり、『紙』という質が
『読む』という事に必要なファクタなのかもしれません。
線を引く、メモをする、折る。
その行為は、自己認識にリンクしていきます。

ディスプレイでは、『読めないか』。
うん、正確に答えると読めません、という感じです。
ディスプレイに出力されたテキストファイルは、
書店に並んだ本の数々。
そこで、ひょいと一冊をつまみ上げ、
目次をぱらぱらと見てみる。

実際の大半の書物は、
目次を読めば内容がわかります。
その論点もテーマも落としどころも解決も
大体わかるものです。

ディスプレイの表示はそんな感じです。
目次を見て、読もう、と思ったものは、
レジに持っていって買います。
同じようにプリンタに用紙をセットして
しゃかしゃか印刷します。

なので、模様というよりも目次が近い感じです。

>「本を読むことを考える事を考えるのは楽しい」
>ということには、同意できませんね……。
>もっと別のこと考えてるほうが楽しいって、ぜったい(笑)。

この発言は、
「本を読むことを考える事を考えるのが楽しい!」と読めました。

さて、話は戻り、
その緊急事態。
実際に現場でマックを立ち上げ、
関係先と連絡をとり、対応したところ
もしかしたらの万が一はなく、5分で処理は終了。

お昼には体が空き、
そこから空き時間の1時間を麻雀で過ごしました。
実際には、麻雀をしながらの
『高木ごっこ』の新システム、
コード名『人類の脳足りうるか』というデータベースの打ち合わせです。

写真は、今日の模様ではなく、
以前の写真。
今日もこんな手がはいったのですが、あがれず、
一時間を笑い飛ばしてきました。